気がつくと、前回の更新からほぼ一ヶ月が経過してしまいました。今年になってから忙しい日々が続いていますが、今後は月2~3回のペースでは更新するようにしたいと思います。
さて、今回はMcKinsey Quarterlyで特集されているDan Ariely氏のインタビュー動画(Irrationality in the Workplace)です。内容については動画をご覧頂くとして、まずはDan Ariely氏の簡単な紹介から。
Dan Ariely氏は、Duke大学の教授でBehavioral Economistの第一人者です。2008年にはPlacebo現象の研究(高価なPlaceboの方が安価なPlaceboより効き目があるように感じること)によって、イグノーベル賞(医学賞)を受賞するなど、研究の切り口がとてもユニークです。Ariely氏は10代の頃、事故によって全身の70%に火傷を負うという重傷を負い、加えて、火傷で入院中に輸血によって感染症を患うなど、青春時代(10代・20代の頃)に長期にわたって非常に辛い経験をしています。こうした経験を通じて、人間の行動や人との関わりについて注意深く観察したり、深く考えるようになったようです。
「不合理な人間像」を想定するBehavioral Economicsは、ともすると伝統的な経済学に対する対立軸と捉えられることがありますが、こうした考え方は誤解を生み易いので注意が必要だと思います。「合理的な人間」と「不合理な人間」が別々に存在するわけではなく、同じ人間が(各種の局面で)合理的であったり不合理であったりするに過ぎません。伝統的な経済学と行動経済学は矛盾するものでなく、相互補完的な関係にあります。
さらに言えば、不合理であることが必ずしも悪いわけでもありません。例えば、人間に本来備わっている「他人を信頼する」という性質があります。一方、こうした信頼に対する裏切りに対しては非常に憤慨し、相手へ報復するといった行動に出ます。相手を信頼する行為も報復行為もそれ自体は不合理かもしれません。しかし、これらの組み合わせによって、(信頼を裏切ると結局は高くつくことによって)秩序ある社会生活を営むことが出来ます。
人間には本来、一種の公平感のようなものが備わっていて、公平感が侵害されると、自分が損をしてでも相手に報復しようとするという傾向があるというのは確かに納得できます。
公平感と言えば、以前読んだMichael SandelのJUSTICEも非常に面白かったので、また別の機会に紹介できればと思います。
一方、不合理性の持つマイナス面もあります。例えば、短期的な感情に駆られた不適切な行動が(感情がおさまった後にも)、Self-Herdingにより、長期にわたって持続する(=自己の行動パターンになる)いう危険性も指摘されています。人間は基本的に合理的だが、時として不合理な行動をとることもあるということを自覚し、マイナスとなる不合理性を出来る限り是正することが必要なのだと思います。
Ariely氏の著書であるPredictably Irrational(邦題:予想どおりに不合理)やThe Upside of Irrationality(邦題:不合理だからすべてがうまくいく)には、人間(の不合理)性に関する様々な興味深い実験が数多く記載されています。また、我々が陥りがちな罠についてもその解決策や心構えなども記述されています。加えて、ビジネスの現場では(科学の領域と異なり)、何が経営に役立つか(役立たないのか)といった点について、系統的な実験が驚くほど少ないと言います。そして、小規模で良いので、企業は(職場で)もっと沢山の実験をすべきであると主張します。
いずれにしても、様々な実験をベースにした興味深い書籍であり、Ariely氏の人間の対する深い愛情も垣間見ることもできますので、是非ご一読をお勧めします。
人生は学習の連続です。外部から半ば強制されて行う勉強も必要ですが、自分で自由にテーマを設定して行う学習も楽しいのではないでしょうか?長く続けられるテーマを持つこと、そして、長く続ける習慣を確立するように心がけたいと思います。
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2011年2月24日木曜日
2011年1月23日日曜日
Branding(HBR12月号)より
今回も前回に続き、Harvard Business Review(HBR)の中から記事を紹介します。ちなみに、Onlineでは最新版(2011年1月~2月号)が読めるのですが、紙ベースのものはまだ届いておらず、手許の最新版は昨年の12月号でです。
12月号はBrandingの特集です。個人的には、Marketing活動そのものにはあまり接点がありませんが、経営戦略の中核的な要素であるため、関心を持っている分野です。
今回の特集を一言でいえば、BrandingにおけるSocial Mediaの重要性です。特に、Branding in The Degital AgeというMcKinseyの方が書いた記事はなかなか興味深いものでした。ここでは、伝統的なAIDMAに代表されるような消費者の選択肢が(購入に至るまでに)徐々に絞り込まれていくFunnel のようなモデルではなく、消費者とBrandの継続的な関わり合いを重視したConsumer Dicision Journey(CDJ)というモデルが提唱されています。特に、消費者の購入によって終結するFunnel Modelでは、購入後における消費者とBrandとの結びつきという視点が欠落していること、購入後におけるSocial Mediaの役割が非常に大きいことが指摘されています。
いわゆる口コミ(word of mouth)は昔から重要だったわけですが、現代においてこの機能を持つSocial Mediaの重要性を認識することは、Marketing担当者にとって不可欠であると指摘しています。さらに、各種のメディア間におけるマーケティング支出の配分についてもCDJに対応して見直す必要があると指摘しています。
なお、McKinsey Quarterlyの2010年12月号には、同じ方の書いた"Beyond paid media: Marketing’s new vocabulary"という記事があります。こちらは、Media( 5種類)に応じた、Marketing予算の配分に関する提案がされています。なお、Audioでも記事の概要を聴くことができます。
12月号はBrandingの特集です。個人的には、Marketing活動そのものにはあまり接点がありませんが、経営戦略の中核的な要素であるため、関心を持っている分野です。
今回の特集を一言でいえば、BrandingにおけるSocial Mediaの重要性です。特に、Branding in The Degital AgeというMcKinseyの方が書いた記事はなかなか興味深いものでした。ここでは、伝統的なAIDMAに代表されるような消費者の選択肢が(購入に至るまでに)徐々に絞り込まれていくFunnel のようなモデルではなく、消費者とBrandの継続的な関わり合いを重視したConsumer Dicision Journey(CDJ)というモデルが提唱されています。特に、消費者の購入によって終結するFunnel Modelでは、購入後における消費者とBrandとの結びつきという視点が欠落していること、購入後におけるSocial Mediaの役割が非常に大きいことが指摘されています。
いわゆる口コミ(word of mouth)は昔から重要だったわけですが、現代においてこの機能を持つSocial Mediaの重要性を認識することは、Marketing担当者にとって不可欠であると指摘しています。さらに、各種のメディア間におけるマーケティング支出の配分についてもCDJに対応して見直す必要があると指摘しています。
なお、McKinsey Quarterlyの2010年12月号には、同じ方の書いた"Beyond paid media: Marketing’s new vocabulary"という記事があります。こちらは、Media( 5種類)に応じた、Marketing予算の配分に関する提案がされています。なお、Audioでも記事の概要を聴くことができます。
2011年1月13日木曜日
HBRの記事から
今回は、Harvard Business Review(HBR)のJanuary–Februaryの中から戦略論の大御所 Michael E. Porter(Mark R. Kramerとの共著)のArticleであるThe Big Idea: Creating Shared Valueについてとりあげたいと思います。
今回の記事を読んで、「Porter も随分変わったな~」という印象を持ちました。Porterといえば、5 ForcesやValue Chainなどを駆使して、如何にして(競合企業を出し抜いて)持続的な競争優位を実現するか、という戦略論を精緻に展開する点に特徴がありました。
しかし、最近の短期的な財務目標(利益)を目的とした企業活動、従業員や(地域)社会の便益を犠牲にして利益の最大化を図る企業活動は基本的に誤りであり、こうした行為は企業の長期的な利益や競争優位の実現には寄与しないと批判します。(周囲の利益を犠牲にして自社の利益を追求する)偏狭な資本主義から脱し、より広く、長期的な視点から資本主義を捉えなおすことが必要というわけです。
今回はShared Valueという新しい概念(概念自体は2006年のArticleで登場)を提唱しています。Shared Valueとは簡単に言えば、自社の長期的利益の実現を通じて、同時に、社会全体の便益や経済状態(生活水準)も向上させるという方針あるいは企業活動を意味します。要は社会の利益と会社の利益はtrade-offではなく、両立できるものと捉えるわけです。Shared Valueの追求を通じて、持続的な経済成長が実現できると主張します。
企業の具体的事例やMicrofinanceなどの新しい分野への取り組みを通じて、先進的な企業が如何にしてShared Valueを実現しているのかを紹介しています。一つの具体例として、UnileverのProject Shaktiがとりあげられています。
Shared Valueと似たような概念にCSRがありますが、両者は異なると主張します。CSRは主に企業のReputationに関係し、本業との関連性が薄いものであるのに対し、Shared Valueは企業本来の活動(得意とする領域での活動)を通じて、自社と地域社会の双方の利益を極力大きくすることを意味します。換言すれば、CSRは一定の大きさのPieを企業と社会との間でどのようにシェアするかという配分の問題であるのに対して、Shared ValueはPie自体を大きくするという発想ということでしょうか。
さらに、Shared Valueを追求するためには、新しいMind-setを持った社会起業家の育成が必要であり、Business Schoolも従来の狭い資本主義的な価値観に基づくカリキュラム編成ではなく、新しい視点からカリキュラムを見直す必要があると指摘しています。
とは言え、さすがに経済学者らしく(PorterはHarvardで経済学博士号を取得しています。)、Qualitativeなものではなく、Economic Valueをベースしたカリキュラムには変わりがないとしています。また、Shared Valueも定量化した目標値や期限等を定め、Performanceを測定することが重要だと指摘しています。余談ですがもう一人の大御所であるMarketingのP. KotlerはMITで経済学博士号を取得しています。どちらのGuruもその理論の背景はEconomicsにあることは容易に想像できます。
なお、記事の概要はこちらのPodcastで聴くことができます。音声はクリアで非常に聞き取り易いですが、InterviewerとのQ&Aというよりは、Porterの独壇場(?)といった感じです。
今回の記事を読んで、「Porter も随分変わったな~」という印象を持ちました。Porterといえば、5 ForcesやValue Chainなどを駆使して、如何にして(競合企業を出し抜いて)持続的な競争優位を実現するか、という戦略論を精緻に展開する点に特徴がありました。
しかし、最近の短期的な財務目標(利益)を目的とした企業活動、従業員や(地域)社会の便益を犠牲にして利益の最大化を図る企業活動は基本的に誤りであり、こうした行為は企業の長期的な利益や競争優位の実現には寄与しないと批判します。(周囲の利益を犠牲にして自社の利益を追求する)偏狭な資本主義から脱し、より広く、長期的な視点から資本主義を捉えなおすことが必要というわけです。
今回はShared Valueという新しい概念(概念自体は2006年のArticleで登場)を提唱しています。Shared Valueとは簡単に言えば、自社の長期的利益の実現を通じて、同時に、社会全体の便益や経済状態(生活水準)も向上させるという方針あるいは企業活動を意味します。要は社会の利益と会社の利益はtrade-offではなく、両立できるものと捉えるわけです。Shared Valueの追求を通じて、持続的な経済成長が実現できると主張します。
企業の具体的事例やMicrofinanceなどの新しい分野への取り組みを通じて、先進的な企業が如何にしてShared Valueを実現しているのかを紹介しています。一つの具体例として、UnileverのProject Shaktiがとりあげられています。
Shared Valueと似たような概念にCSRがありますが、両者は異なると主張します。CSRは主に企業のReputationに関係し、本業との関連性が薄いものであるのに対し、Shared Valueは企業本来の活動(得意とする領域での活動)を通じて、自社と地域社会の双方の利益を極力大きくすることを意味します。換言すれば、CSRは一定の大きさのPieを企業と社会との間でどのようにシェアするかという配分の問題であるのに対して、Shared ValueはPie自体を大きくするという発想ということでしょうか。
さらに、Shared Valueを追求するためには、新しいMind-setを持った社会起業家の育成が必要であり、Business Schoolも従来の狭い資本主義的な価値観に基づくカリキュラム編成ではなく、新しい視点からカリキュラムを見直す必要があると指摘しています。
とは言え、さすがに経済学者らしく(PorterはHarvardで経済学博士号を取得しています。)、Qualitativeなものではなく、Economic Valueをベースしたカリキュラムには変わりがないとしています。また、Shared Valueも定量化した目標値や期限等を定め、Performanceを測定することが重要だと指摘しています。余談ですがもう一人の大御所であるMarketingのP. KotlerはMITで経済学博士号を取得しています。どちらのGuruもその理論の背景はEconomicsにあることは容易に想像できます。
なお、記事の概要はこちらのPodcastで聴くことができます。音声はクリアで非常に聞き取り易いですが、InterviewerとのQ&Aというよりは、Porterの独壇場(?)といった感じです。
Porterの指摘は確かに的確です。企業の短期的な利益追求姿勢が、企業の長期的な競争優位性を奪っているのは事実だと思います。特に、コスト削減目的のOutsourcingによって従業員の企業に対するコミットメントが低下したり、あるいは、企業内のKnowledgeの蓄積が妨げられるといった弊害があることも事実でしょう。
しかし、『個々の企業がShared Valueを追求すれば、社会全体の利益も実現されるはず』という楽観的な考え方には少し疑問を感じます。Shared Valueを追求するために、企業間(あるいは企業と政府)でAllianceやCollaborationが必要になるケースは今後益々増加するでしょう。しかし、基本的にはSurvival of The Fittestを前提とした競争状況にあることは変わりはありません。社会利益の犠牲の下、短期的な利益に走る企業(いわゆるFree Rider)が登場する可能性もあります。そしてその数が増えてくれば、Shared Valueを追求するIncentiveが薄れる可能性があります。こうした経済人の(悪い?)側面が新しい価値観を持った社会起業家によって完全に払拭される可能性は薄いと思われます。
この点、(Shared Valueに反する行動をとる)Free Riderに対する一定のSanctionの制度化等の検討も必要ではないかと感じました。しかし、Sanctionにも問題点があります。Penaltyを払う方が得だと判断すれば、利己的な行動を取り続ける正当な理由を与えてしまい、結果的に、Sanctionが望ましい行動(Shared Valueの追求)には結びつかない可能性もあるからです。
Dan Arielryの著書では、一旦Market Norms(売買のように即時に反対給付が必要となるもの)が優勢になるとSocial Norms(友人間の好意のような即座の返報が必要ないもの)に再び戻るのは極めて困難だと指摘しています。
例えば、保育園(イスラエル)の子供のお迎え時間に遅刻する親を減らそうと、保育園側が罰金制度を導入したところ、罰金制度導入後にかえって遅刻が増加し、罰金制度を廃止した後も、遅刻する親の数は減らなかったという興味深い実験結果が報告されています(注)。遅刻に対する罪悪感や気まずさ(Social Norms)が罰金を払うというMarket Normsに置き換わってしまうと、「罰金=遅刻のコスト」と割り切ってしまい、かえって望ましくない結果(遅刻の増加)へと導いてしまう可能性があるわけです。
最近話題の『排出取引』もMarket Normsによる解決を図ろうとする例だと思います。確かに、適正な排出量や適正な取引価格の設定という問題も難しい問題を含んでいますが、Social NormsでなくMarket Normsに依拠することで、総排出量の大幅削減という目的が実現できないという危険性もあるような気がします。
低いコストで望ましい行動に向かわせるためには、Market Normsの世界ではなく、Social Normsの世界にいかに踏みとどまることができるかという問題を検討する局面が増えてくるような気がします。Sanctionも経済的なものでなく、(不名誉や恥といった)社会的なSanctionの方が良いのかもしれません。
もっとも、社会的なSanctionが機能するためには、ひとえに我々個人のMind-setとか(Social Normsの重要性を教え込む)教育に関わってくるような気もします。
考えれば考えるほど難しい問題です。
(注)Uri Gneezy and Aldo Rustichini. 2000. A Fine is a Price. Journal of Legal Studies.
しかし、『個々の企業がShared Valueを追求すれば、社会全体の利益も実現されるはず』という楽観的な考え方には少し疑問を感じます。Shared Valueを追求するために、企業間(あるいは企業と政府)でAllianceやCollaborationが必要になるケースは今後益々増加するでしょう。しかし、基本的にはSurvival of The Fittestを前提とした競争状況にあることは変わりはありません。社会利益の犠牲の下、短期的な利益に走る企業(いわゆるFree Rider)が登場する可能性もあります。そしてその数が増えてくれば、Shared Valueを追求するIncentiveが薄れる可能性があります。こうした経済人の(悪い?)側面が新しい価値観を持った社会起業家によって完全に払拭される可能性は薄いと思われます。
この点、(Shared Valueに反する行動をとる)Free Riderに対する一定のSanctionの制度化等の検討も必要ではないかと感じました。しかし、Sanctionにも問題点があります。Penaltyを払う方が得だと判断すれば、利己的な行動を取り続ける正当な理由を与えてしまい、結果的に、Sanctionが望ましい行動(Shared Valueの追求)には結びつかない可能性もあるからです。
Dan Arielryの著書では、一旦Market Norms(売買のように即時に反対給付が必要となるもの)が優勢になるとSocial Norms(友人間の好意のような即座の返報が必要ないもの)に再び戻るのは極めて困難だと指摘しています。
例えば、保育園(イスラエル)の子供のお迎え時間に遅刻する親を減らそうと、保育園側が罰金制度を導入したところ、罰金制度導入後にかえって遅刻が増加し、罰金制度を廃止した後も、遅刻する親の数は減らなかったという興味深い実験結果が報告されています(注)。遅刻に対する罪悪感や気まずさ(Social Norms)が罰金を払うというMarket Normsに置き換わってしまうと、「罰金=遅刻のコスト」と割り切ってしまい、かえって望ましくない結果(遅刻の増加)へと導いてしまう可能性があるわけです。
最近話題の『排出取引』もMarket Normsによる解決を図ろうとする例だと思います。確かに、適正な排出量や適正な取引価格の設定という問題も難しい問題を含んでいますが、Social NormsでなくMarket Normsに依拠することで、総排出量の大幅削減という目的が実現できないという危険性もあるような気がします。
低いコストで望ましい行動に向かわせるためには、Market Normsの世界ではなく、Social Normsの世界にいかに踏みとどまることができるかという問題を検討する局面が増えてくるような気がします。Sanctionも経済的なものでなく、(不名誉や恥といった)社会的なSanctionの方が良いのかもしれません。
もっとも、社会的なSanctionが機能するためには、ひとえに我々個人のMind-setとか(Social Normsの重要性を教え込む)教育に関わってくるような気もします。
考えれば考えるほど難しい問題です。
(注)Uri Gneezy and Aldo Rustichini. 2000. A Fine is a Price. Journal of Legal Studies.
2011年1月8日土曜日
HBRの購読
数年前、DLMBAへの入学に当たって半年間ほどTOEFL(CBT)を集中的に勉強しましたが、これを最後に、英語の勉強というのはほとんどしていません。
現在、英語の勉強で続けているものは、NHK英語講座(実践ビジネス英語)位です。Internetで好きな時に聴けるので、非常に便利です。ただ、勉強といっても1日15分で週3回ですし、ほとんど聴きっ放し状態ですから効果の程は期待できないのですが・・・。
DLMBAを受講していた時期は(与えられた教材だけで)十分な英語の分量がありましたので、改めて英語の勉強など意識する必要もなかったのですが、DLMBA終了後は絶対量も減少していますし、Managementに関する知識のupdateについてもやや疎かになっています。
こうした状況を少し打開すべく、Harvard Business Review(HBR)を購読することしました。DLMBA受講中は、ほとんどすべての学術誌については無料でAccessできたのですが、Alumniになると、Business Source Alumni Editionというサービスは使えるものの、残念ながらHBRの本文を読むことができません。
今回、Premium版(Online版とPrint版の両方が利用可能)にしましたが、Online版は非常に便利です。過去のHBRの記事が何時でも読めますし、読んでいる記事からクリック一つで参照記事に飛ぶこともできます。
読んだ記事などの感想についても折を見てアップしたいと思います。
現在、英語の勉強で続けているものは、NHK英語講座(実践ビジネス英語)位です。Internetで好きな時に聴けるので、非常に便利です。ただ、勉強といっても1日15分で週3回ですし、ほとんど聴きっ放し状態ですから効果の程は期待できないのですが・・・。
DLMBAを受講していた時期は(与えられた教材だけで)十分な英語の分量がありましたので、改めて英語の勉強など意識する必要もなかったのですが、DLMBA終了後は絶対量も減少していますし、Managementに関する知識のupdateについてもやや疎かになっています。
こうした状況を少し打開すべく、Harvard Business Review(HBR)を購読することしました。DLMBA受講中は、ほとんどすべての学術誌については無料でAccessできたのですが、Alumniになると、Business Source Alumni Editionというサービスは使えるものの、残念ながらHBRの本文を読むことができません。
今回、Premium版(Online版とPrint版の両方が利用可能)にしましたが、Online版は非常に便利です。過去のHBRの記事が何時でも読めますし、読んでいる記事からクリック一つで参照記事に飛ぶこともできます。
読んだ記事などの感想についても折を見てアップしたいと思います。
2011年1月1日土曜日
謹賀新年
あけましておめでとうございます。
年頭にあたって、今年1年の目標を掲げる方も多いと思いますが、皆様方はどのような目標を設定されましたでしょうか?
私は、ここ2~3年は(新年だからといって)特に目標らしい目標というのを立てていません。
理由は、積み残しの目標が多くて、新しい目標を追加するのが難しいということに尽きるのですが、考えてみると、1年で達成できない目標もありますし、(1年もかからず)年の途中で達成可能なものもありますので、あえて1年(暦年)で区切る必要もないのかもしれない・・・などと自分を正当化しています。「1年の計は元旦にあり」という格言には反するのですが・・・。
ただ、新年に当たって新しいことが何一つないというのも寂しいので、こちらの新しいBlogを始めることにしたいと思います。具体的な目標は、積み残し事項を整理しつつ、見直していきたいと思います。
最後に、手前味噌ではありますが、引き続き雇用環境が厳しい中において、仕事を続けながら学べる海外の通信制MBA(DLMBA)の魅力は非常に高いと思われます。別枠で英語の勉強することなく、MBAの学習を通じて英語力アップが図れますので、正に一石二鳥です。海外(英国)のDLMBAに興味のある方は、こちらのBlogをご覧ください。
年頭にあたって、今年1年の目標を掲げる方も多いと思いますが、皆様方はどのような目標を設定されましたでしょうか?
私は、ここ2~3年は(新年だからといって)特に目標らしい目標というのを立てていません。
理由は、積み残しの目標が多くて、新しい目標を追加するのが難しいということに尽きるのですが、考えてみると、1年で達成できない目標もありますし、(1年もかからず)年の途中で達成可能なものもありますので、あえて1年(暦年)で区切る必要もないのかもしれない・・・などと自分を正当化しています。「1年の計は元旦にあり」という格言には反するのですが・・・。
ただ、新年に当たって新しいことが何一つないというのも寂しいので、こちらの新しいBlogを始めることにしたいと思います。具体的な目標は、積み残し事項を整理しつつ、見直していきたいと思います。
最後に、手前味噌ではありますが、引き続き雇用環境が厳しい中において、仕事を続けながら学べる海外の通信制MBA(DLMBA)の魅力は非常に高いと思われます。別枠で英語の勉強することなく、MBAの学習を通じて英語力アップが図れますので、正に一石二鳥です。海外(英国)のDLMBAに興味のある方は、こちらのBlogをご覧ください。
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